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その昔、大穴貴命(おおあなむちのみこと)が荒川のほとりを鉾で突くとそこからこんこんと湯が湧いたことから「突き湯」と言う名がつけられた伝説があります。 また、用明2年、病に倒れた聖徳太子の父、用明天皇の回復祈願と仏教布教のため東国に遣わされた秦河勝(はたのかわかつ)が半身不随の病におかされ、良医良薬の効なく臥していたところ、ある夜、聖徳太子が夢枕に現れ「岩代国の突き湯に霊湯あり。そこで湯治せよ。」と説いたことから「突き湯」の名が広まり、やがて「土湯」と呼ばれるようになったという伝説もあります。 聖徳太子が奉られている聖徳太子堂が土湯の名所として残っています。